わたしにとって大切な日
きっと起点になった日で、
あの日の混沌としたグレーと水色が混じるグワァ〜とする空を、
今も忘れない。
子どものイラストは、
当時、そのことを忘れない為に
描いたもの
その日は、
台風の影響で
晴れたり曇ったり雨だったり、
天気が不安定。
急に降り出した雨、
わたしは傘を持たない状態だった為、
小走りになっていた。
冷たい雨から逃げる様に、
コンビニの屋根の下に避難し、
雨宿りをしながら、
さっきのことを考えていた。
ここに着く前に通った、
刈谷オアシスの飲食ブースでは、
オムライス、唐揚げ、ドーナツ、ラーメンが大人気。
全てのお店に長蛇の列が並ぶ。
歩けるスペースすらないくらい。
店内のフライヤーは、
ガラス窓の向こうに見えている。
若いバイトが唐揚げを揚げる、
作っている姿が見えるようなスタイルで、責任感を持ってもらう配慮なのか?クリーン、透明性を表現していると感じる。
お客は、
小さな家族連れがたくさん居る、
熱気が凄い、ムワッとする
湿気で暑苦しい空間になっていた。
凄い数だ、どれだけの人がいるのだろう。
コンビニの前に居る自分に戻る。
小さな男の子が、
コンビニの前にトコトコと歩いてくる
口を開き、天を仰ぎ、
「あめ、食べる〜♫」
空から降る雨を食べようとしている
後ろから、
追いついてきた、お父さん。
「はいはい、
雨は食べなくていいからね」
と、
その子を抱え上げて雨の無い場所へ連れていく。
わたしは、何故か、寒いのなか、
凍えた手を握りしめていた。
何故か、何故か、
涙が溢れて止まらない。
それは、
男の子を連れていくお父さんから、
食べるべきもの、
そうでないもの、
それを子どもに教えることはあたりまえ、きわめて普通なんだよ。
と感じた時に、
そのあたりまえの素晴らしさに
心から感動したのでした。
普通が、
いつの間にか消えている社会
言いたいことが言えない社会
何かが違う、違和感だらけの社会
雨が上がり、晴れ間が見える。
心が動く。雲がまわる。
冷たい突風が吹いている。
わたしの普通→
周りに合わせる日和見主義
思っていても、言わないタイプ。
社会の普通→
無知な若者をつかい、無知な若者に食べなくてよいものを与えて、
お金儲けをする外食産業的、大人達。
お父さんの普通→
子どもに食べるべきもの、食べるべきではないものを我が子に教える。
お金儲けの為に、
子どもにいたらんものを与えていい
商売の道理ってなんだろう?
わたしのあるべき姿は、
どこにあるのだろうでしょうか?
わたしの考えは、
ショートニングを食べている人達に、
食べなくてもいいですよ!
大丈夫ですよ!平気、平気。
ちゃんと知らない人に
教えてあげることだ、
わたしの自炊システムで、
逃げずに、あたりまえに、
「普通のお父さん」の子どもに対する愛情の様に。
ショート二ングは無味無臭だけど、
存在しないわけじゃない!有害。
知ってるけど、無関心?
全店舗で使われてるんだよ。
選んでる様で選択できないんだよ。
と伝えたい。
とても大切なことなんです。
些細なことのようだけど、
命の問題なんです。
食べるべきもの
食べるべきではないもの
普通のわたしが、
普通に教える自炊は、
押し付けではない愛情の在り方。
みんな、みんな、
なんでも食べる子、
元気な子でいい子なんだよ。
わたしが、
まずするべきことは、
ちゃんと自炊すること。
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